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2007年12月23日 (日)

道端の少年

 先日のことです。道端にいつものように座っている少年少女(中学生)に、いつものように笑顔で挨拶をしました。みんないつも笑顔で挨拶を返してくれます。この子たちとも随分と打ち解けてきたようで、それだけで十分幸せな気持ちになります。この日はもう解散の時間だったようで、みんな散り散りに帰っていったのですが、残ったひとりの少年が話し掛けてきました。「毎日毎日仕事大変でしょう?」と。その後は少年と仕事のこと、バイクのこと、進路のこと、彼女のことなどの話をしました。「今は大変かも知れないけど、これからが一番楽しい時だね。」と言うと、彼は遠い目をしながら「高校に入れば自由だよ...。」としみじみと言いました。「あと少しだね。風邪ひかないように気をつけてね。」「そっちも仕事がんばってね。」そんな温かい会話をした後、彼は去っていきました。建物の影に消えていく背中を見送りました。話をすることはそれ自体とてもとても大切なことだと思います。そして、肯定の言葉で受け止めることも大切です。自分も中学生の頃は、おとなや学校に対していつもイラついていたなぁと思い出しました。話を聴いてくれるおとなが居ただろうか?いつも「子どもだから」とか「それがルールだから」とか、「おとなになればわかる」とかそんな言葉で適当にあしらわれていた気がします。今思い出してもイライラした当時の気持がよみがえってきます。

 もしかしたら自分は「おとな」になっていないのかも知れません。けれど、子どもの気持がわからなくなってしまうのだとしたら、おとなになることには何の価値も無いと言い切れます。子どものままでいたいとは思いませんが、子どもの持つ感覚に鈍感にはなりたくないと思っています。まぁ、自分がどう思っているかなんてさして重要ではなくて、本物かどうかという判断は嫌でも子どもたちの心がしてくれます。彼らは人の心を見る天才ですから(笑)。

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