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2007年10月 4日 (木)

『「死にかけた」経験は人を前向きにする』

 タイトルは、昨日仕事帰りに本屋に寄ってビジネス雑誌に目を通していてたまたま目にした言葉です。何気なく見たのですが、なんとなく記憶に焼きついたので、その後いろいろと考えてみました。

 私は高校3年生の夏、友人と花火を見に出掛けた帰り道で交通事故に遭ったことがあります。脳挫傷、全身打撲座礁、額縫合8針、右側頭部縫合8針でした。自分の記憶は途切れ途切れなのですが、いろいろな人の話を聞くと辺り一面血の海になるほどの出血だったそうです(←ちょっと大袈裟ですね…)。事故の概要としては、「自転車で急な下り坂を下っていたところ、上がってきた対向車のヘッドライトで何も見えなくなった」というところです。その後の記憶はもうほとんど途切れ途切れで、自分が見たことなのか人から聞いたことなのかさえ、区別できませんでしたが「車をかわそうとしてとっさにハンドルを切り、ノーブレーキで電柱に衝突した」ということのようです。

 驚くほどの大怪我ではないですが、それでも自分の人生を変えるには十分過ぎる経験でした。「あの時自分は死んでいたかもしれない」と思うと、「この命を意味のある使い方をしないと」と感じるようになりました。後悔することを止めたり、なるようになるという開き直りができるようになったり、人生一度きりと思えるようになったのはこのころからなのかも知れないなぁと今になって思います。そう考えると、この経験が無かったら今の自分はもしかしたら後悔ばかりの生き方をしていたのかも知れません。だから、あの事故は自分にとってはとてつもなく大きなターニングポイントなんです。

 昨日関西に住む妹から「なるようになるって思うのは難しいよね」という内容のメールが来ました。そうだなぁと思います。頭で理屈が解っていても、心からそう思うことってやっぱり難しいことですよね。死にかけて良かった、というか全ての経験に無駄はないなぁと改めて感じました。

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