a

無料ブログはココログ

« 根無し草 | トップページ | 夜明けはジャズとともに… »

2007年9月 9日 (日)

一生を見守るおとなで在りたい

昨日はサポートしてきた子どもたちとの別れの日でした。別れ?というのはちょっと違いますね。旅立ちの日というのがしっくりくる気がします。新たなステージへ出発して行く子どもたちを別の形で見守る段階に来たというところです。嬉しい出来事ですね。私は必要があればいつでも動く準備はあります。そしていつでも子どもたちの側に居ます。いつでも応援しています。
子どもたちと関わっていていつも思うことは、「一生を見守るおとなで在りたい」ということです。人生出会いと別れがあります。けれども、私は別れを別れと捉えません。関わった子どもたちはみんな自分にとっての子どもです。家族のようなものです。環境の変化や時間の流れの中でお互いの距離感は変わっても、出会った子どもたちはみんな子どもたちなんです。それは永遠に変わりません。連絡を取らなくても今どこでどうしているか分からなくても、一人ひとりを思い出します。遥か昔、学生時代に塾の講師を初めてした時に受け持った(小4、中1、中2の3クラスの)子どもたちも、今でもほぼ思い出せます。一人ひとりの座っていた座席さえも思い出せるくらいです。バイトの講師という立場ではできることは限られていましたが、「一人ひとりの心に何か一つでも大切なことが伝えられただろうか」と今でも思い出し悩みます。そして、できなかったと思うから余計に「関わるすべての子どもたちに励ましのメッセージを送り続けたい」と思うのです。今までに自分が関わった子どもたちの中にも、なんらかの形でSOSを出していたと今になって思い当たる子どもたちがいます。けど、自分は何もできなかった。いや、しなかったのかも知れません。その子たちは今どうしているのでしょう?元気に日々送っているならよいですが、そうでなかったならそれは自分の責任かも知れません。いつでも子どもたちに罪はありません。手を差し伸べないおとながその子たちの人生を奪っているのです。そう思えば思うほど、目の前の一人ひとりの子どもたちが愛しくて仕方のないかけがえのない子どもたちになります。人生一度きりです。一人ひとりかけがえのない命です。だから後悔無く全力で子どもたちに寄り添いたいと常に思うのです。

« 根無し草 | トップページ | 夜明けはジャズとともに… »